『わたしにはキミだけだから……お願い、消えないで……ここにいて』
懇願。
『でもこれ以上キミにハマった時、キミが消えたら……わたしがわたしじゃなくなるね……だったら』
抑制。
これはわたしの。
勝手な葛藤。
キミが帰ってきた。
あの頃と変わらない屈託ない笑顔と共に。
セルシウスからキミを見つけた時。
ドクンと心臓が鳴った。
真っ青な海の中、一際輝く金色の髪。
見間違えるわけない。
わたしは着陸もままならないうちに飛び降りて、キミを抱き締めた。
背格好も、声も、瞳も、匂いもあの頃のまま。
もう他に何もいらなかった。
傍に、いてくれればいい。
それからのわたしたちは、離れる事を知らない。
夜の宴でも、手を離さず。
時に目を合わせては笑い合い。
でも、吸い込まれそうなコバルトブルーはわたしを安心させる。
と同時に。
不安にもさせる材料だった。
気付けば手を繋ぐ。
それにキミは応える。
力を入れれば。
それにもキミは応えてくれる。
温かい感触。
大きい感触。
背格好も、声も、瞳も、匂いもあの頃のまま。
いるんだよ、そばに。
こうしてわたしの隣にいてくれる。
幸せなんだ。
誰よりも、何よりも。
だけど。
怖い。
この幸せがいつなくなるのか。
キミがまたいついなくなるのか。
いつまで続く?
また繰り返される?
また昔のわたしに戻る?
そればかりがわたしの頭を占める。
怖い。
それを知らないキミはどんどんわたしの中に入ってくる。
わたしの気持ちは二年前よりも大きくなっていた。
いない間もキミのコトばかり考えて。
キミのコトばかり想ってて。
……キミのコトが大好きで。
こんな二年前以上の想いを抱えている時に、キミがいなくなったら。
わたしはどうなるだろう。
壊れるかもしれない。
だったら……悲しみが増えないように。
これ以上キミに関わらない方がいい?
「どうしたんスか? ユウナ」
「え……?」
また気付けばキミの手を握ってる。
キミも嫌がらずに繋いでくれている。
「う、ううん……なんでもないよ」
「……そうッスか? なんだか、目も赤いし……」
キミが帰ってきてから三日目。
わたしは寝れてない。
夜、宿舎で眠るキミの所に行っては。
ベッドの傍にしゃがみ込み確認している。
キミの静かな寝息を確認し。
キミの浅黒い肌に触れて。
キミの柔らかな髪を梳いて。
そしてわたしは寺院の前の階段で朝を迎える。
――消えないように祈りながら。
キミが目覚める前も。
キミの寝息を聴いて、肌に触れて、髪を梳いて。
わたしの一日が始まる。
つい目で追ってしまうキミ。
目が合ってしまえば。
慌てて目を逸らすか、愛想笑いしかできないわたし。
いつ消えてしまってもいいように?
いつ消えてもいいように、どの場面も忘れないようにキミをずっと見てる?
そうじゃない。
いつ消えてしまうんだろうと。
不安と恐怖がわたしを襲う。
姿が見えなくなれば、慌ててキミを探し出し。
傍にいれば、すり抜けないかと触れて確認する。
わたしの手を繋ぐ理由。
二年前と違うことを祈って。
でもこんなわたしを知られるわけにはいかない。
だから、キミの前だけでは……。
「ユウナ……?」
「あ、ごめん。 何?」
キミに微笑んで誤魔化す。
「……ちょっとおかしくないッスか?」
「え?」
ビサイドの浜をキミは頭の後ろで手を組んで。
「ユウナ、ちょっとおかしい」
「わたし……」
「元気ない。 てか……なんでそんな寂しそうに笑うんスか?」
「え……?」
……寂しそうに?
わたしはキミの前ではいつも通りのわたしでいなかった?
「オレ……戻ってきちゃまずかった?」
「……な」
「ユウナ……もしかして好きな男とかいたりする? だからオレといても楽しくない?」
考えた事もなかった。
一生キミ以外に他に好きな人ができるだなんて想像すらした事なかったから。
「ごめんな、気ィ遣わせちゃったかな? それならそれでもいいんだ、オレ、ずっとユウナほっぽってきたからさ……」
こんな時でもキミは笑ってくれる。
それは悲しそうな、泣きそうな。
「そしたら……オレここ出てくから、遠慮なく言ってくれよ?」
出て行く。
わたしの前から消える。
わたしはキミの後ろに広がる海を見ていた。
次第に空と海の境界線が見えなくなっていた。
わたしの足元にはぽつぽつと砂と色の違う円が描かれ。
その数は増えていった。
「ユウナ……」
「わたしの前からいなくなる……?」
「……違う、ユウナにもし好きなヤツが……」
「いるわけない!」
涙の筋は幾重にも頬に伝って。
「……何の保証もないのに待ってるのはおかしいかな……? 普通じゃないよね……?
普通なら他に好きな人できるよね……? わたしは……わたしは…………」
途端わたしの視界は遮られ。
目の前には白のフードと青い肩とその肩越しに見える空だけ。
「ごめん……泣かせるつもりなんて全然なかったんだ。 ただユウナが……沈んだ顔してるから…………でも、オレが原因だよな?」
お日様の匂い。
わたしの……大好きな匂い。
わたしはキミの腰に手を回した。
「行かないで……お願い」
キミは更に力を入れて抱いてくれた。
「行かない、どこにも。 ユウナのトコにずっといる」
「ずっと……?」
「ずっと」
キミの瞳と同じコバルトブルーのビサイドの海。
その浜でみっともないのを承知で。
声を上げて泣いた。
再会してから初めての涙。
キミはずっとなだめるようにわたしの背中を擦っていてくれた。
「ごめんね……ずっと怖かった…………キミがまたいなくなるんじゃないかって……また同じ思いを味わうのかって……ずっと、ずっと怖かったんだ……」
「………………」
「わたし……キミがこうしていてくれるだけで幸せ。 本当はもっともっとキミを独占したい、もっともっとキミのコト好きになって……幸せになりたい。
でも……そんな時キミがいなくなったら……わたし、どうなるか分からない……死んじゃうかもしれない……」
「ユウナ……」
「だったら……今のうちなら…………まだ何とかなるかもしれないから……消え」
「消えない」
わたしの言葉を言葉が遮った。
「オレは消えない。 どこにも行かない。 ザナルカンドだって帰ろうと思わない。
オレの居場所も帰るトコも」
一旦止め。
息を吸って。
「ココしかないから」
キミはカラダを離し、わたしの両肩に手を添えた。
少し屈んで。
「オレにはユウナがいるから……だからユウナのトコに戻ってきたんだ。 ユウナが待っててくれたの知ってるから、だからもう二度と消えるわけにはいかないんだ。
ユウナのために、ユウナを悲しませてきた分、オレが今度はユウナに返さなきゃ」
「…………」
「不謹慎かな? ほら、ユウナって自分に厳しかったりするだろ? いっつも人のコトばっか考えてたり、甘えたいのに甘えられなかったり。
だけどユウナが“独占したい”とか”幸せになりたい“って言ってくれて……オレ、嬉しかったッス」
「…………」
「本音が聞けて、嬉しかった」
「ティーダ……」
キミの顔はぱぁっと輝き出した。
「初めてッスね、オレの名前呼んでくれたの」
「そ、そうだったかな……」
「ユウナに呼ばれるの、一番嬉しいんスよ」
あまり呼んであげられないキミの名前。
だって……キミの名前を口にしちゃっただけで未だにドキドキしちゃうから。
おかしいよね?
「……キミは相変わらずいつもわたしのコト名前で呼んでくれるね。 “おまえ“とかじゃなくって」
「“おまえ”なんて誰でも当てはまっちゃうだろ? ユウナはユウナだから。 オレ、好きなんスよ、“ユウナ”って」
「わたしも……大好き。 キミの名前……」
「名前だけ?」
意地悪そうに尋ねてきた。
きっとわたしの顔は真っ赤だったに違いない。
とても熱かったもん。
「オレは“ユウナ”が大好きッス」
再度キミはわたしのカラダを抱き寄せた。
金色のハネた髪が真っ青な空の中ゆらゆら揺れている。
「もしオレ消えたら……一緒に行こう」
「……え?」
「一人がイヤなんじゃない。 ユウナが傍にいないのがイヤなんだ。 だから消える時は連れてくから……だから“死ぬ”なんて言うのナシッスよ」
嬉しくて、せき止めていた涙がまた溢れてくる。
「泣き虫」
「……誰のせいっすか」
「オレ、ッスね」
キミの顔はこの位置じゃ見えない。
けど。
わたしの想像する笑顔、してるんだよね?
「ほら、顔あげてよ」
「いや」
「なんで?」
「恥ずかしいもん……」
キミの笑顔がとても眩しいんだよ?
キミが帰ってきてから目をなかなか合わせられなかったんだ。
それは……恥ずかしいから。
「ああ、もうしょうがないッスね」と笑いながらキミは強引にわたしの顎をほんの少し上に向けた。
合わされる4つの瞳。
キミの瞳にわたしが映ってる。
それほどまでに近い距離。
瞳の中のわたしはどんどん大きくなって。
徐々に瞼に覆われて。
わたしの唇に温かい感触。
わたしもキミの長い睫毛を確認し、静かに瞳を閉じる。
長くて長くて、優しい口づけだった――。
目の真っ赤な理由。
キミに言ったら怒られた。
それからは「もう一緒に寝る」とわたしが寺院で寝る事を断固拒否。
「寺院のさ、周りはずっと森だろ? あの奥にずっと行くと海が見えるの知ってた?
ワッカがそこにオレの家建てようって言ってくれたんだ」
「え?」
「いつまでも宿舎に寝るワケにはいかないし、森の奥だから静かに暮らせるし。
それにもうオレはビサイドの一員になったんだからって。 そしたらさ、一緒に暮らそう」
「一緒に……?」
「のんびり。 いつかの約束、果たそう」
二年前。
何もかもが終わったらザナルカンドへ行こう。
キラキラした街で。
ブリッツの試合を観戦して。
美味しいレストランで食事をして。
ザナルカンドの海で朝焼けを見よう。
でも……ザナルカンドへ行けなかったら。
ビザイドでのんびり一緒に暮らそう。
ビサイドで朝焼けを見よう。
二人だけの約束。
覚えてたの……?
そのわたしの思いを悟ってかキミは『ちゃんと覚えてるに決まってるだろ?』と笑って話す。
安心した。
確信した。
もう不安はなかった。
キミはもう、消えないね。
もう、ずっとわたしたち一緒にいれるね。
一緒に、ずっと一緒にいよう。
笑いながら。
村へ帰る途中。
手を繋いで。
隣にいるキミを仰ぐ。
「言ってなかったね。 名前だけじゃないよ。 わたしキミのコト大好き。 ティーダが一番大好きだか」
言い終わらないうちに笑顔で口を塞がれた。
――キミの唇で。
いたずらっぽく笑うキミ。
わたしもつられて笑顔になる。
きっと。
わたしはキミがいなきゃ本当の笑顔になんてなれないね。
キミのいるわたしの幸せな物語はここから始まりそうです。
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20051017 |