雲はひとつもない。
波も穏やか。
カモメも元気。
青と青を繋ぐ遥か彼方の水平線も真っ直ぐで。
船も一隻すらいない。
ビサイドは基本的にいいんだけど。
今日は一番に天気がいい。
オレが生まれて、一番最高の天気なんじゃないかってほど。
今日は本当に。
特別な日だから――。
「あー……苦しい」
着慣れない服に身を包み。
襟がぴったりと首に張り付いてて。
ちょっと首元を緩めた。
着慣れない。
つーか。
もう二度と着ない。
着てたまるか。
家の玄関先で、海を見ながら。
手摺に肘をつき、オレは今か今かと待っている。
早く逢いたい。
でも、まだ心が落ち着きを取り戻してないから時間が欲しい。
葛藤が続く中。
オレの家に続く道を歩く尼僧。
「ティーダ様! お召しが終わりました! 寺院においで下さいませ!」
「…………“様”はいいって」
オレは胸を掴み。
二、三度深呼吸をした。
家を出、寺院に向かう間。
村の住人が一斉に出迎えてくれた。
その中の村の子供が。
「ティーダ、めちゃくちゃカッコイイ!!」
「そうッスか? すっげー嬉しいッス」
「オレも着てみたいな」
オレは子供の前に座り。
その頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「着れるさ。 おまえにいいコができたらな」
「そっか! うん、ありがとう!」
手を振り、村のみんなに挨拶をして。
開け広げた寺院の扉の中に入った。
「こちらでございます」
通された小部屋。
オレがいない間、ユウナがずっと住んでいたその部屋。
ブリッツの試合でさえ緊張しないのにな。
跳ね上がりそうな心臓を押さえ。
息を吐き、そのドアを開けた。
正直な感想。
二年前と比べ物にならないほど。
綺麗だった。
ありきたりだけど。
“綺麗”の他に、オレは言葉が思いつかなかった。
そこには椅子に腰掛けたユウナがいる。
立ち上がって尼僧の手に自分のを添え。
オレのところまでやってきた。
真っ白な。
本当に曇りのない真っ白なドレスに身を包んで。
ティアラで支える頭から爪先まで覆うヴェール。
タイトなドレスだけど、膝から下はフレアーになっていて。
片手には床に届きそうなほどの蔓を携えたブーケ。
彼女はゆっくりとオレを見上げた。
息を呑む。
ヴェールの向こうの色違いの瞳。
化粧も施して。
ユウナはゆっくりと笑う。
オレはそれを直視できず。
咳払いをして。
上を見上げた。
たぶん。
顔も、赤い。
「ティーダ……」
「あ、いや……ごめん。 何でもないんだ」
「似合わないかな……」
「ち、違う! それは絶対ないからな!」
オレが見立てたドレスに身を包むユウナ。
ある程度想像して選んだんだけど。
それが想像以上で。
想像以上に似合ってて。
「もう行く……?」
「そ、そうッスね」
ユウナは笑顔で手を差し出す。
オレはその手を。
包んで。
静かに部屋のドアを開けた。
ビザイドの寺院にて。
今後。
この先、死ぬまで。
死んでからもずっと。
傍にいること。
何があってもふたりで乗り越えること。
離れないこと。
愛し合うこと。
その想いをこめて。
互いの薬指に生涯外すことはないだろう指輪を填め。
その約束のキスをし。
歴代の大召喚士の像の前で。
ユウナの親父さんの像の前で。
将来の約束を誓い合った。
全ての儀式が終えた時。
ユウナがオレを見上げて。
目に涙を溜め、笑った。
その後。
ユウナを抱っこし。
「わっ!?」
「ティーダ様!?」
「ちょっとだけ、奥に行かせて下さいッス」
寺院の奥の階段を上り。
試練の間を抜け。
久々に足を踏み入れた。
寺院の最奥。
ここにはヴァルファーレの祈り子がいた場所。
ユウナを立たせ。
オレの上着を脱ぎ。
床に敷いて、ユウナを座らせた。
オレもその隣に座る。
「あー……やっと終わったッスね」
「そうだね」
「ようやくユウナをオレのモノにできたってカンジ」
ユウナは声を上げて笑う。
「わたしはもうずっと前からキミのものだったのに」
「それはそうだけど、ちゃんとってこと」
オレはもう一度、ユウナの肩を抱き。
キスをした。
うっすら目を開ければ。
いつもと違う化粧のユウナの顔。
今、オレの目の前にあること。
結ばれたんだなって。
実感する。
「オレ、前にグアドサラムの異界に行ったの覚えてる?」
「うん」
「あの時さ、オレ…………ユウナの親父さんとお袋さんに会いに行ったんだ」
「え…………? ど、うして……?」
オレはユウナの頬に手を添えて。
「ユウナをもらいます、ユウナをオレにくださいって」
「……え?」
ユウナと出逢った次の日の航海で。
『シン』に襲われ時、手を離してしまったこと。
キーリカの森でユウナに謝らせてしまったこと。
ユウナの覚悟を知らなかったこと。
オレの覚悟をユウナに教えなかったこと。
最後の飛空挺で、ユウナを抱き止めてあげられなかったこと。
ユウナの気持ちに気づくのが遅かったことも。
ユウナへの気持ちに気づくのが遅かったことも。
二年間、戻ってこれなかったことも。
ユウナに対しての謝罪が多くて。
それもユウナの両親に謝って。
そして。
その時ユウナと結婚しようと決めてたオレは。
そのことを。
告げた。
言うとユウナは。
両手で顔を覆い、泣き始めた。
「全然、気にしてなかったのに……」
「オレが気にしてたんス。 でもよかった……会えて。
だからさ」
ユウナの顔を上げさせ。
「化粧が取れるッス」と笑って胸ポケットに入ってるハンカチで、涙を拭った。
「前に言ったよな? 今度一緒に異界に行こう。 報告しに行こう」
「うん……」
ユウナを胸に閉じ込め。
思いっきり抱いた。
「幸せにするって親父さん達と約束してきたからな。
その覚悟で」
「……はい……わたしもキミを幸せにするよ」
「オレは今のまんまで十分幸せなんスけどねー」
祈り子はもういないここ。
ぽっかり穴も空いてるけど。
幻光虫が辺りを漂う。
いつ見ても神秘的な光景。
静かでほかに誰もいないここにユウナを連れてきて。
誰にも見せたくなくて。
本当はもっと独占したかったんだけど。
ちょっと名残惜しいけど。
村のみんなが待っててくれる。
今日は夜通し宴会だと。
その気遣いが嬉しい。
「みんな待ってるから、行く?」
「そうっすね」
ユウナをもう一度抱え、来た道を帰る。
「やっぱ苦しい」
「え?」
「服」
思わず本音。
タキシードに近いスピラの正装服。
スカーフがきっちり首に巻かれてるもの。
「もう着たくないッス」
「もう、着たくない? 着るのイヤだった?」
俯いたユウナに慌てて訂正する。
「わっ! ユウナ、泣くなっ! だってまた着るなんて、もう一回結婚式するってことッスよ?」
「……?」
「ユウナ以外の女と結婚すればまた着ちゃうだろ?
そんなのやだ。 もうこれが最初で最後! ユウナの前でだけしか着ないってこと? 分かった?」
「でも…………素敵だよ?」
「マジで? 似合ってるかなー?」
ユウナがオレの胸に頬を寄せる。
「似合ってるよ」
「じゃあ、そういうことにしとこっかな」
「カッコいいよ」
「もっと言って」
「カッコいいってば」
「へへ」
ちょっと照れくさくなって。
オレの首に腕を回してるユウナにキスした。
寺院を出れば村総出で喜んでくれた。
村の真ん中には大きな鍋や火に焼かれてる大きな魚。
そこから村の入り口までテーブルが並べられ、その上にはぎっしりと並べられた料理。
その中にはワッカやルールー、イナミ。
リュックやパイン、キマリなど見知った仲間がいた。
もちろん、ギップルやヌージや。
オーラカのメンバー。
本当にユウナに関わった人たちも。
「もっと早くくっついちゃえばよかったのにー、ねぇパイン」
「そうだな、もうすでに公認の仲なんだろ?」
「でも、なんつーか。 粋なことするよな、おまえも。
全勝優勝したら結婚なんて」
「この人にはできないことね」
「おい、ルー。 オレだってその気になれば」
夜中、焚き火を囲んでの宴は明け方近くまで続いた。
滅多に酒を飲まないユウナも少し酔ったようで。
酒豪とまでいかないオレも酒を飲み。
家に帰る頃。
「ユウナ、明ける」
「うん」
ユウナの手を取り船の縁に座って、結婚してから初めての夜明けを一緒に見て。
オレの肩に凭れかかるユウナの顎を掴んで。
長い。
長い。
甘くて濃い、痺れるような。
キスをした。
朝日に照らされるユウナ。
それは本当に綺麗で。
オレはきっと一生忘れないと思う。
その後はふたりは離れることなく。
抱き合いながら。
家のベッドに沈んだ。
もう手離さない。
ユウナが愛しくて、誰よりかけがえのない存在なんだ。
これだけ、想ってる。
だから。
もう誰一人。
オレを消すなよ。
ユウナの。
悲しい顔なんて。
見たくないだろ?
「one love」 |
20170502 |