太陽に照らされ輝く月。
自分だけでは闇の中で輝けない月。
それはいつも太陽次第。
満ちるのも欠けるのも。
時には離れて。
時には重なって。
月は太陽に照らされ輝く。
太陽がないのなら。
月は輝けない。
水のない。
カラカラな月はただ闇の中を彷徨うだけ。
――太陽がいない。
……キミが。
いない。
今日も日差しの強い朝。
じりじりと肌を焦がしそうな一日になりそう……。
ビサイドの桟橋。
遠くに見えるは遥か遠くの水平線。
指で輪っかを作り口元に添える。
大きく息を吸い込んで思いっきり吹く。
そうすれば甲高い音が海中に響く。
そうすれば波の合間からひょっこり顔を出しそうで。
何度も。
何度も。
そしたらわたしはそのまま海に飛び込む。
元々泳げるけど潜水できるほどではなく。
すぐに水面に顔を出してしまう。
また大きく息を吸い込んでは海に潜り。
その繰り返し。
いつも1時間から2時間。
わたしの唯一の時間。
わたしだけの、時間。
知って、たんだよ。
きっと、そうなんだろうなって。
キミはウソがヘタだって知ってたから。
たぶん。
そうなんだろうなって。
でも、キミのね。
キミの口から『最後だから』って聞かされた時。
心が鷲掴みにされたように。
痛くなって。
震えたんだ。
――イヤだって。
――行かないでって。
それなのに。
目の前で。
ずるいよ。
ひどいよ。
本当に。
勝手だよ。
『シン』は消えたよ。
それはもう復活することもなく。
永遠に。
スピラには怯えと恐怖がなくなった。
人々には笑顔が戻り。
先をゆっくりと見つめられる幸せがやってきた。
それはわたしの願い。
父さんの願い。
ようやく叶える事のできた願い。
夢なら覚めないで。
でも。
……夢なら、覚めて欲しい。
ごめんね?
だから。
その夜だけ。
泣いちゃった。
ビサイドに帰った夜。
寺院の一角に設けられた部屋の隅で。
僅かに外から村の明かりだけが部屋の中を照らす、その隅で。
何を見つめるでもなく。
空を見てたんだ。
スピラは、変わるよ。
きっと想像もできなかった世界に変わる。
それは……わたしの願い。
でも。
わたしは。
………………変わらないだろうなって。
変われることは一生ないんだろうなって。
キミがいないんじゃ。
わたしは変われないんだろうなって。
『ザナルカンド、案内できなくてごめんな』
精一杯笑って言ってくれたね。
最初で最後の。
嘘。
優しくて。
傷つけまいとしてついたそれは。
わたしの胸を締め付けるだけの嘘だったんだよ。
キミを抱き締めたくて。
キミを行かせたくなくて。
飛びついたキミの胸は。
もうすでに空気と一緒だったね。
素直になれなかった。
『行かないで』って何度懇願したんだろう。
『ありがとう』なんて。
安心させたくて。
一生懸命強がって。
キミがいなくなっての世界に。
喜ぶと思ったかな?
わたしがキミのいないこんな世界を待ち望んでたと思ったのかな?
自分ひとりが犠牲になればいいと思ったのかな?
太陽がいないんじゃ月は輝けないんだよ。
キミがいないんじゃ……わたしは此処にいる意味がないんだよ。
ずるいよ。
ひどいよ。
勝手だよ。
こんなにキミのコト好きにさせといて。
キミはわたしを置いてどこかへ行っちゃうの?
キミがいなくなるなんて想像もしなかった。
『シン』を倒した後。
ザナルカンドへ行けたら、一緒に行こうと。
でも行けなかったらビサイドで静かに暮らそうと。
それはキミとの約束。
キミだけを愛し。
キミだけを見つめて。
幸せに暮らす未来を想像していた。
その未来だけ。
でも。
今の未来にキミはいない。
こないだまで隣にいたキミが。
隣にいない。
手を伸ばしても。
掴むのは空だけ。
そして。
枯れきった涙がまた浮かんで。
頬を流れ落ちる。
スピラは、変わる。
きっと想像もできなかった世界に変わる。
そして、思い出すんだろうな。
ブリッツで活躍したキミの事。
ガードとして活躍したキミの事。
でも。
わたしは。
変わらないだろう。
変われることは一生ないんだろう。
たまにじゃない。
……一生忘れないんだろう。
キミが残してくれなかったらよかったかもしれない。
指笛と刻印。
互いに指笛を吹いたら飛んでくると誓った約束。
何度も抱かれて痕を残したこの身体。
キミが此処にいたという事実。
夢なら、覚めて欲しい。
わたしの涙は止まらなかった。
このまま枯れても構わなかった。
このまま果てても構わなかった。
キミがいないこの世界。
生きてても仕方ないって。
嗚咽が部屋中にこだまする。
もう変われないよと。
もう心の底から笑えないよと。
もう人を好きになることは、ないよと。
ムリなんだよ。
キミがいない。
身を切り裂きたいくらいの真実。
いつもみたいに。
冗談だよと。
笑って帰ってきてよ。
ずるい。
ひどい。
勝手。
わたしはずっと。
キミを想って。
キミに縋って。
キミに雁字搦めにされ。
生きていくんだろうって。
その晩は。
その晩だけ。
最後の夜だった。
泣いたよ?
体中の水分なんて全部失くしたよ?
全部涙のために使ったよ?
海から上がって浜へ腰をかける。
この日差しじゃすぐに服も乾くだろう。
遠くに見えるは遥か遠くの水平線。
他に見えるものは、何もない。
何も。
――誰も。
空を仰いで太陽を見る。
当然眩しくて直視は出来ない。
このまま溶かしてくれないかな。
髪も服も乾いてようやく腰を上げる。
真っ直ぐな水平線。
そのまま空を見上げて。
思い出すのは。
子供みたいに微笑むキミ。
キミの仕草を。
キミの言葉を。
キミの体温を。
今でも覚えてる。
思い出せる。
決して、忘れない。
知ってるんだ。
ルールーもワッカさんもリュックも。
みんなわたしに気を遣ってくれてる。
こんなんじゃダメだって分かってる。
もう泣いたから。
あの夜。
泣きすぎて体中の水分なんて失くしたから。
どうして何も言わなかったんだって。
どうしてわたしも連れていかなかったんだって。
責めたけど。
そして。
なんで気づいてあげられなかったんだろうって。
なんで他の方法を見つけられなかったんだろうって。
自分を責めたけど。
『一緒にいたいって思ったのはわたしだけだった?
ずっと傍にいたいって思ったのはわたしだけだった?』
……きっと、違うね……。
キミのことなら……きっと、違う……。
だからね泣いたんだ。
体中の水分なんて全部失くしたんだ。
全部涙のために使ったんだ。
だから。
もう泣かないよ?
だから。
今なら言える。
ありがとう。
一緒に『シン』を倒してくれてありがとう。
わたしを護ってくれてありがとう。
最後に抱き締めてくれてありがとう。
――人を好きになる気持ちをくれてありがとう。
わたしと。
出逢ってくれて。
本当にありがとう。
一瞬でも。
愛してくれて。
本当に本当に、ありがとう。
キミと一緒にいた幸せとはほど遠いけれど。
闇に彷徨う月は二度と輝く事はなくなったけど。
わたしは。
きっと一生。
キミを胸に抱いて。
キミを。
キミだけを想う。
その幸せを感じながら。
生きるよ。
「闇の月」 |
20060315 |