キミの何気ない一言が。

キミの些細な行動が。

キミの無邪気な笑顔が。

 

わたしを安心させ。

わたしをときめかせ。

……わたしを不安にさせる。

 

 

キミから沢山のものを教えてもらった。

素直になる心。

人を好きになる心。

 

そして。

 

自分の醜い部分まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マカラーニャの森から8日かけて辿り着いたナギ平原の旅行公司。

滅多に来る場所ではなくせっかくだからと、1日だけ平原のチョコボと遊ぶ事になった。

急いではいるけど、息抜きも必要だとわたしが提案したものだった。

 

マカラーニャを抜け、ナギに入る前も。

ナギに入った後も。

 

 

 

キミの傍には。

ずっとリュックがいた。

 

 

 

時折笑い合って。

最前列で仲良さそうに。

ううん、仲がいいのは知ってる。

でも、それは他の人間が入り込めないような空気で。

わたしはその二人を。

列の少し離れた一番最後尾で見ていた。

キミはたまに思い出したように振り返り。

立ち止まってわたしを待ってくれる。

 

「どうしたッスか?」

 

優しい微笑みが。

わたしの胸に突き刺さる。

首を振りわたしはルールーの元へ駆け出す。

そして今日。

どこまでも見渡す限り続く草原。

迷いの平原。

わたしは迷わない。

そう決めた。

迷っては、いない。

なのに。

 

 

 

 

 

「ユウナ、一緒にチョコボ乗ろう!」

 

キミはわたしを誘ってくれる。

 

「う……ううん、いいよ。 わたしここで見てる」

「そうッスか?」

「はいはーい! アタシ乗るー!」

 

手を上げて、笑窪のできる可愛らしい笑顔。

わたしの大好きな従姉妹。

 

「お? リュックッスか? じゃあチョコボ借りてさ競争しよう!」

「よーし、頑張るよ〜!!」

 

二人で公司を出、チョコボを借りに行く。

それは、傍から見ても。

仲のいい二人。

平原中を飛び回る。

それは楽しそうで。

それは……わたしの心を徐々に。

苦痛に、させていた。

まるで、今キミの中には。

わたしの居場所がないように。

 

「まったく……子供ね、二人とも」

 

ルールーが頭を抱えていた。

ようやく帰ってきた頃には陽がかなり傾きだした頃。

もう今日は公司へ泊まろうという事になっていた。

 

「リュック元気だよな〜、オレついてくのがやっとッス」

「キミ、アタシとあんま変わんないじゃん。 オヤジくさいよ」

「なんだなんだ、誇りだらけじゃねぇか」

 

遊び疲れた二人の中にワッカさんが入る。

 

「だってさ、リュックがオレをチョコボから落としたりしてさ〜」

「まぁ、仲がいいよな、お前ら。 なぁユウナ」

「え……」

 

わたしに話が振られる。

リュックもワッカさんも……キミもわたしを見てる。

 

 

 

「う、うん……お似合い、だね」

 

 

 

笑えて、言えた。

 

「だよな〜」

「バカ……」

 

聴こえたのはワッカさんの返答と。

なぜかルールーの溜息まじりの言葉。

わたしはいたたまれなくて。

アーロンさんの所に向かった。

 

「あの……アーロンさん……」

「今日は早く休め」

「やっぱり今日、出発…………しませんか?」

 

アーロンさんの片目が光る。

 

「なぜだ?」

「それは……」

 

わたしの背後で何か話してる。

仲のいい二人。

聴こえる会話。

聴こえる笑い声。

唇を噛んだ。

 

 

 

「早く……早くザナルカンドへ行きたいんです、究極召喚を覚えたいんです!!」

 

 

 

その一言で。

その声で。

公司の周りにいたガードのみんなが静かになった。

アーロンさんはじっとわたしを見つめ。

小さく溜息をつき。

静かに口を開いた。

 

「焦る気持ちも分かるが……今からガガゼトを目指しても、ナギを抜けるにはまだ7日はかかる。 山を登るにも危険な道に変わりあるまい。 ならば明日まで待って、英気を養い備える方がいいだろう」

 

アーロンさんの言う事は正しかった。

それに。

キマリから聞いたことがある。

ガガゼトの山道は険しいと。

 

「……わかりました……おやすみなさい」

 

振り返る事もせず。

わたしは公司の中に入り、自分の寝床に入る。

 

 

 

 

 

夜も更け。

布団に包まって、徐々に星が瞬くのを眺めていた。

途端足音が響いて、わたしの鍵のかけた部屋のドアをノックされる。

 

「ユウナ……ご飯の時間」

 

キミだった。

 

「……ありがとう……でもいらないから……」

「ユウナ……開けてくれる?」

 

イヤだよ。

今は逢いたくないよ。

わたしを見ていたその瞳でリュックを見ていて。

リュックを見ていたその瞳でわたしを見るの?

 

「ごめん……ちょっと眠いから……」

「……そっか」

 

キミの寂しそうな声が聴こえる。

だから。

 

「……リュックと一緒に、いてあげて」

「え?」

「わたしのトコは来なくてもいいから……」

「……なんでッスか?」

 

瞳を閉じた。

 

「リュックは……わたしの大切な従姉妹だから……アルベド族だからって今まで迫害されて……でも分け隔てなく接してくれたキミがいてくれたのが嬉しいんだと思うんだ」

「………………」

「だから……ね?」

「………………」

 

ドアの前から静かに立ち去る気配。

遠のく足音。

やってきた静寂の中で思うのは、聖なる泉でのキミ。

とても優しかったね。

とても嬉しかったよ。

生きていてこれほど幸せな事なんてなかった。

心が通じえるって……こんなにも素敵な事だって初めて知ったんだ。

心が通じてるって、思ってたんだ……。

 

 

 

 

 

他の部屋のドアが順々に閉める音がして。

どのくらい経ったのか。

部屋に入る前になかった月が東の空の高いとこで輝いている。

布団から出たわたしは音を立てずにドアを開け。

公司の外へと出た。

ひんやりと頬を撫でる風。

ガガゼトが近い所為か少し冷えるくらいの夜だった。

見上げれば、数え切れない星々。

星雲や星団も。

宝石を散りばめたようだとはこのことだろう。

歩きながら、小さい頃に父さんと母さんに教えてもらった星座をひとつひとつ確認する。

 

 

 

平原の一番端の淵に立つ。

高いな……ここ。

落ちたら死んじゃうよね……?

眩暈がするのを何とか堪え、そこに足を投げ出して座る。

死んじゃおうか。

どうせすぐに尽きる命。

惜しくない。

 

……キミが誰かを見てるのなら。

 

もう、惜しくない。

ガガゼト。

そしてザナルカンド。

わたし頑張るから。

だからね。

今だけは。

 

「……ふ…………うっ……」

 

泣かせて欲しい。

もう二度と泣かないから。

明日から笑顔でいるから。

今だけは泣かせて欲しい。

だからわたしはその時気づかなかったんだ。

背後から来る人物に。

そしてわたしの隣に座って。

優しく肩を抱いてくれた人物に。

目を開ければ。

よく知ってる服。

よく知ってるアクセサリー。

よく知ってる、匂い。

 

 

 

「どうしたんスか……?」

 

 

 

もう遅い時間のはずだよ?

明日からまた平原を歩いてガガゼトへ行くんだよ?

久しぶりに屋根のある所に泊まるんだから。

今寝ておかなきゃいけないんだよ?

それなのに……なんで、キミがいるの……?

 

「ユウナ出てったの見えて……なんで泣いてるッスか……?」

 

温もりが恨めしい。

ほっとする、安心するそれに。

わたしは何とか離れ、前に向き直った。

目を擦り。

首を振った。

 

「ユウナ……」

「何でも、ない……」

 

キミがじっとわたしを見ているのが分かる。

月明かり。

それしかないのに。

キミの表情が分かりそうで……向けない。

 

「……何でもないのに泣く?」

「……ちょっと父さんの事とか思い出して……泣いてただけ」

「…………本当に?」

 

どこまでも広がる眼下の世界。

月がそれをも照らして。

幻想的な風景。

でも今のわたしにはまともに見れなかった。

 

「早く寝よ。 明日早いっすよ」

 

自分の今の心情を悟られたくなくておどけて言う。

 

「……ユウナは? 行かないんスか?」

「わたしは……もうちょっとしたら寝るよ。 明日からまた大変だもの。 だから心配しなくても大丈夫」

「ユウナが寝るまで一緒にいるよ……オレ、ユウナのガードだし」

「……ガード……か……」

「……?」

「だからって、わたしも守られっぱなしじゃダメだよね」

「……ユウナ?」

「都合のいい言葉、かな」

 

キミがここにいるのが辛い。

お願い、早く公司へ戻って……?

明日から頑張るんだから……もう少し一人で。

一人で泣かせて……?

 

「ユウナ……オレ頼りにされてない?」

「……ううん……違うよ……」

「でも……何も言ってくれないんスね……」

 

キミの言葉が痛い。

 

「理由、違うだろ? 言ってくれねぇの?」

「………………」

 

キミは大きく息をついてその場に寝転がった。

頭の後ろで腕を組んで。

 

「ユウナがちゃんと言ってくれるまでここにいる。 朝になってもいいや」

 

続く沈黙。

星は数を増やし瞬いている。

 

「……リュックは?」

「え? あ、知らない。 もう寝てるだろ」

「行って……あげた?」

 

呆れたような声が響く。

 

「それさぁ……よくわかんないんスけど、なんでオレがあいつんトコ行くッスか? リュックはしっかりしてるから」

 

また続く、沈黙。

わたしじゃ、ダメだよね。

キミが一番伸び伸びしてる表情の時には。

リュックが、いる。

リュックならいい。

リュックと幸せになってもらいたい。

ずっと……可哀想な思いをしてきたから。

リュックは死ぬ事なんて絶対ないから。

いつまでも一緒にいられるから。

 

「早く寝てくれるかな……?」

 

立ち上がる。

キミに今の顔を見られたくない。

離れたくて。

キミに背を向け。

崖に沿って歩いていく。

 

「ユウナ、そっち公司じゃない」

 

キミが後をついてきてるのが分かる。

 

「来なくていいから」

「だからオレはユウナを守」

「いいって!」

 

思わず立ち止まって叫んだ。

なんで……素直になれないんだろうな。

キミは素直でいてくれるのに。

でもそれはわたしだけじゃなくて。

他の誰でも素直でいる。

わたし……だけじゃない。

それが悔しくて。

 

急に肩を抱かれ、180度旋回した。

眼前にはキミ。

 

「ユウナ……何がいいの? ユウナの身にもしもの事があったらどうするんだ?」

「キミは…………わたしが召喚士だから……だから守ってくれてるんでしょ?」

「ユウナ?」

「わたしは召喚士で、キミはガードで……ただそれだけの関係で守ってくれてるんでしょ? アーロンさんに無理矢理ガードにされて……イヤじゃなかった?」

「なっ……何言って」

「わたしは……もうじき死ぬから」

 

涙が頬を伝った。

 

「ユウナ、オレは絶対ユウナを死なせない」

「ムリだよ……死んじゃうんだよ…………」

「だから死なせない方法考えてる!」

「キミを……好きにならなきゃよかった…………」

「え……?」

 

キミを傷つけてる。

わたしは最低。

 

「キミの傍にいるのはわたしじゃくてもいいもの……わたしじゃキミにあんな顔させてあげられない」

「……どういう事?」

「わたしの想いは…………キミにとって重いものだったかもね……窮屈だったかもね」

「ユウナ……意味がわからない」

 

肩に置かれてる手をそっと離した。

 

「リュックなら……あの娘ならキミと幸せになれると思う。 だってキミのリュックといる時の表情、生き生きしてるから」

「リュック?」

「リュックは死なないから……ずっと一緒にいられるでしょ?」

「ユウナ……もしかしてリュックとオレくっつけようとしてんの?」

 

無言の肯定。

だって辛いじゃない。

もうすぐ死期が近づいてるの分かってるのに。

別れるのは辛い。

もしかしたら。

逃げ出す自分がいるかもしれない。

 

「リュックの事……」

「………………」

「オレ、好きだよ」

 

ぎゅっと目を瞑った。

じゃあ、どうして。

どうしてあんな事したの?

同情?

なら、いらない。

そんなの欲しくなかった。

酷いよ。

わたしの気持ち知らなかったの?

それとも知っててキスしたの?

 

「やっぱりそうじゃない……」

「ユウナ!」

 

キミと反対の方向へ走り出す。

一緒になんか、いたくないよ。

ところが。

走り出して、すぐ。

腕を掴まれた。

 

「オレから逃げようったってそうはいかねぇっての!」

「離して!! 顔見たくない! 声も聴きたくない!」

「ユウナ……」

「バカみたいじゃない……わたし一人で舞い上がってて…………わたしと同じ気持ちでいるんだとばっか思ってた……ごめん、違ったね…………もう好きじゃないから、どこへでも行っちゃってよ……」

「………………」

「もう……いや…………早く『シン』倒して……死にたい…………」

 

瞬間高い音と共に。

わたしの頬に熱い感触が走った。

何が起きたのか分からなかった。

ただ。

触った頬がどんどん熱くなって痛くなって。

ようやく。

キミに引っぱたかれた事に気づいた。

そして。

キミの胸にすっぽり埋まって。

少し早まってる心臓の音を聞いた。

 

「“死ぬ”なんて二度と言うな。 怒るぞ」

「………………な……離し……」

「離さない」

「いや……」

「いやじゃない」

 

頬が痛くて。

胸が痛くて。

涙がどんどん零れる。

 

「リュックの事は好きだよ、でも……妹みたいなカンジかな? 女として見た事はないし」

「………………」

「でもさ、ユウナ。 ユウナは………………」

「………………」

「ユウナは……“好き”って言えない……」

 

涙が、どんどん零れる。

悲しくて。

 

「そんな言葉で収まらない」

「…………」

「“好きだ”とか……“愛してる”とか…………ああ、なんて言ったらいいのかな? そんなのがいっぱいありすぎて…………」

「…………え……?」

「好き…………すぎて……“好き”って言葉に……ならない…………っていうか……なんというか……」

 

涙が、どんどん。

それは。

徐々に悲しみの意味を無くして。

 

だんだんに小声になっていって。

最後は本当にわたしにしか聴こえない程度になったその言葉は。

聖なる泉でも聞けなかった言葉。

初めてキミの口から出た言葉。

きっと苦手なんだって、知ってたから。

言葉を。

欲しい時もあった。

でもこれ以上望んだら。

望むことはできない、そう思ってた。

こうして隣に。

傍にいてくれてるのに――。

 

「やっぱり……いやだ……」

「ユウナ?」

「キミは……なんでそんなに優しいの? わたし酷い事言ったよ?」

 

キミはわたしの頭上で小さく笑った。

 

「そうッスね。 リュックと“お似合い”だとか、“もう好きじゃない”とか」

「………………」

「ユウナの口から、聴きたくなかった」

「………………」

「撤回、しない?」

「………………許すの?」

「今撤回してくれたら許すッス」

 

キミの胸に深く顔を埋めた。

 

「リュックとずっと話してたんだ、ずっとずっと。 どうしたらユウナを死なせないようにするか。 リュックは人一倍ユウナを死なせたくないんだ。 それはオレも同じだから……」

「………………」

「ユウナの“死にたい”ってのも、もう聴きたくない。 ユウナの景色を見る、見納めみたいなあんな悲しい顔も見たくない」

「……知ってたの?」

「ユウナはウソがヘタだから……ごめんな、痛かったよな?」

 

自分のグローブを捨て。

直接大きな手で頬を撫でてくれた。

首を振る。

もう、痛みはない。

でも本当に痛かった。

キミの痛みも……あのくらいだったの?

頬と目尻に口づけされる。

 

「オレの夢、聞きたくない?」

「………………キミの……夢?」

 

わたしの頬を撫でたまま。

顔を覗き込まれキミがゆっくり話し出した。

 

「ザナルカンドへ行ってエイブスでブリッツ。 試合に勝ってその日の得点王になってさ。 で、ユウナの待つオレの家に帰るんだ」

「……え?」

 

最後の意味がよく分からなかった。

 

「だーかーらー、ユウナも連れてって一緒に暮らすのがオレの夢」

 

回された腕に力が入る。

 

「何も考えないでいいんだ。 ユウナが待っててくれたらオレ嬉しい」

「………………わたしも試合会場に行っちゃダメ……?」

 

キミは声を上げて笑った。

 

「ユウナが見に来るならその後一緒に街で遊ぼう! 美味しいレストランも教えてやる。 いろんなトコ連れてってやるよ。 あ、でもあんまり連れて歩きたくないんだよな」

「………………どうして?」

「ああ、そんな悲しい顔しちゃダメッスよ。 ユウナ可愛いもん、ヘンなムシに寄りつかれそうッスよ」

 

わたしも否定しながら笑う。

 

「キミの方がモテるでしょ? ファンとかに囲まれたり」

「……ファンのコとか『キレイだなぁ』とか『デート誘ってみたいなぁ』とか思うコトもあったりするさ。 でも、それっきり」

「…………」

「オレは付きあった女、いないッス」

「え?」

「前さ、言われたッスよね。 “オレのザナルカンドにいる彼女が羨ましい”って」

「あ……」

「いても友達、くらいかな? 惚れたはれたとかじゃなく、ワイワイする仲間だけ。 街へ繰り出したり。 バカやって大騒ぎして……みんなで遊び終わった後、一人で朝焼けを見るんだ。 ほら話したろ? 辺り一面が真っ赤になってさ。 オレしか知らない秘密の場所があってさ、そこから海を眺めて太陽を待つんだ。 太陽が昇りきったらオレは家に帰って寝て、夕方試合に出掛ける」

 

わたしは黙って聞いていた。

聖なる泉で温かい口づけと共に貰った言葉。

 

「それを……ユウナと見たいんだ。 ユウナしか教えたくない」

「ティー……」

「こんな想いしたのユウナだけ。 もし……ザナルカンド行けなかったら」

「……?」

 

わたしの首に顔を埋めて。

 

「ユウナといろいろなトコへ行きたい。 幻光河で幻光虫を見たり、ルカで買い物したり……でも一番先に…………『シン』を倒したらビサイドで一緒に朝焼けを見よう。 で、一緒にのんびり暮らそう」

「ティーダ……」

「ごめんな、殴って……」

「……ご、ごめ……な」

「本当に……ごめん」

 

間近に輝いてる真っ青の瞳。

ひとつ名前を呼び徐々に瞼に遮られ近づいてくる。

月明かりに浮かび上がる睫毛。

わたしも瞳を閉じた。

唇が温かい。

何度も何度も交わされる口づけ。

それは離れることなく。

数秒後。

背中にはナギに植わる草を。

胸には彼の重さを感じた。

 

「ユウナ」

 

名残惜しく離れたキミの口から名前を呼ばれる。

 

「オレ、ユウナがいい」

「……え?」

「ユウナは自分が召喚士だからとか言っていろいろ遠慮してるみたいだけど…………使命とか宿命とか運命とか関係ない」

「…………?」

「オレ、“ユウナ”だから……“ユウナ”がいいから」

 

それから何度も何度も啄ばむ口づけをされ。

 

「…………不謹慎だよな? 『シン』倒してないのに……でも本当にオレさ」

「………………?」

「ユウナ、大事にしたかったんだ。 オレこんな気持ち生まれて初めてで……ユウナへの想いってハンパじゃねぇし……だけど…………ユウナと気持ちが繋がってるって分かったら早くオレだけのモノにしたかったんだ……」

「ティーダ…………」

「ゴメンな? オレ…………もうムリだ」

 

力強く抱かれた。

 

「ユウナの笑顔もユウナの泣き顔も……意地っ張りなトコとか頑固なトコとか、ヤキモチ妬きなトコとか…………全部……」

「…………全部?」

「全部…………」

「…………ティーダ?」

「全部……オレのモノにしていい?」

 

途端わたしの目尻から涙が溢れる。

 

「泣き虫」

「…………わたし、涙脆くなっちゃったかな」

「ううん。 ユウナはもっと甘えていいんスよ? まだ17なんだからさ、何もかも背負ってガマンするのなんかダメッス。 それがオレだけだったらもっと嬉しいな」

「ティーダ……」

「……オレのモノにしていいッスか?」

「…………うん」

 

 

 

帯を外され。

ひとつひとつわたしの身に纏ってるものを剥がされて。

 

 

ぎゅっと瞑ってたわたしの瞳に時折飛び込んでいたものは。

満天の星空とそれを背に眉間に皺を寄せて肩で息をしていたキミ。

そして聴こえたのは。

わたしの言葉にならない声と。

キミの切なく荒々しい吐息まじりで呼ばれる名前。

ガガゼトに近いナギ平原。

ぎゅっと繋ぐ手。

――冷たい風なんてちっとも感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くで鳥のさえずりが聴こえた。

いつもより重く、暖かい布団に意識が戻される。

ああ……今日からガガゼトへ向かうんだ……。

そろそろ起きたほうがいいかな……?

………………。

………………?

……あれ?

寝息が聴こえ……。

そこでぱっと瞳を開ける。

至近距離にある褐色の肌。

きっとその向こうには綺麗で真っ青な瞳が隠れてるんだろうと思われる瞼。

規則正しい呼吸に合わせてふわふわ揺れる、いつものクセも取れかかってる金髪。

それは、紛れもなく彼。

 

え……?

ええ……っ!?

 

寝起きで動かない思考でなんとか昨日の夜を思い出す。

途端。

カッと頭に血が上るのを感じた。

や……やだ……!

どうしよう……!!

重いと思ってたのは彼がわたしの身体に預ける腕で。

また、暖かいと思ってたのは彼の体温、だった。

互いに身に着けてるものは何もなかったから余計に。

彼が起きないようにそっと腕を持ち上げようとすると。

 

「……う…………ん…………」

 

と、わたしを引き寄せ。

またそのまま規則正しい呼吸に戻る。

さっきよりも近づいたわたしたち。

ドキドキしてる心臓。

寝てるキミにも聴こえそう。

なんとか自分を落ち着けさせ。

ゆっくり彼を見た。

……意外に睫毛が長くて濃いんだ。

キミの腕の重さ。

キミの胸の温かさ。

すごく気持ちがいい。

でも…………やっぱりこのままでいるのは恥ずかしい。

だから。

起こさないように。

起こさないように。

ゆっくりとゆっくりと。

腕から逃れようとする。

 

「どこ行くッスか……?」

 

腕を掴まれ。

ビックリして彼を見た。

重い瞼の下から細くビサイドの海色の瞳がわたしを捉えていた。

 

「あ……あの……」

「ん……? まだ夜明け……? もうちょっと寝られるッスね……」

 

再びわたしは彼の胸の中へ吸い込まれる。

見れば。

今まで見た中で一番優しい瞳で、優しい笑顔でわたしを見ていた。

 

「おはよう」

「お……おはよう」

「ん〜、ユウナあったけー」

 

ぎゅうっと抱き締められる。

や、やだやだやだやだ!!

わたしたちこんな状態なのに!

 

「ユウナぁ……」

「え……」

「オレ、幸せかも……」

 

ようやく開放されて。

キミは片肘をついて。

わたしを覗き込む。

 

「もしかして……後悔、してる?」

「…………え」

 

困ったように瞳を伏せて。

 

「ゴメン……ユウナ、イヤだったらどうしようかと思」

 

でもわたしは首を横に振り。

彼の胸に擦り寄った。

 

「後悔なんかしてない」

「ユウナ……」

「嬉しかった…………わたし、嬉しかった……」

 

彼は小さく笑うとそのままわたしに覆い被さり。

わたしも彼の首に腕を回した。

いい匂いのする彼の髪がくすぐったい。

この時間。

今のこの時間が。

止まってほしい。

何も考えないで。

彼のことだけ考えて。

 

このまま。

時間が止まってほしい。

 

 

 

 

 

自分の身体が自分のじゃないみたい。

そんな朝。

なかなか起きれなかった。

そんなわたしを見て。

 

「…………オレもだよ」

 

と、少しバツが悪そうに彼は呟いた。

 

「え?」

「だから…………オレも」

 

意味が分からずにいると。

 

「……理性きかなくて……調整とか、力加減とか難しくて………………あ、ああ、いや! やっぱなんでもない! オレ先行くッス!」

 

彼は素早く身支度し。

真っ赤な顔してわたしの部屋から出て行った。

オレも……?

オレも……わたしと同じ?

わたしと同じで…………ってこと?

 

わたしは自分の身体を抱き締めた。

ティーダ。

わたし。

こんなに嬉しいだなんて。

こんなに幸せだなんて。

思いもしなかったんだよ?

 

キミと同じ時間を。

キミと同じ気持ちを共有できるってこと。

 

 

とても。

素敵だね。

 

 

 

 

 

ガードのみんなが待つ外へと出る。

列の少し離れた一番最後尾を歩く。

 

「ユウナん」

 

リュックがちょこんとわたしの隣へ来て。

一緒に歩く。

 

「ここんとこずっとアイツと話してたんだけど……アタシ、ユウナを死なせたくないんだ」

「うん……」

「アタシ、その気持ち誰にも負けないと思ってた。 けど、アタシ以上にアイツがその気持ちもっともっと、ずっとずっと強かった」

「え……」

 

リュックはヘヘヘ、と笑って。

 

「アイツがユウナんのことすごく大事に思ってて、好きだってのが伝わってさ」

「リュック……」

「だからさー、『シン』倒して二人で幸せになりなよ!」

 

列の半ばにいたキミがこっちを振り向き、立ち止まって。

わたしたちを待っていた。

 

「うわっ、アタシお邪魔虫っ! ねぇ、ワッカー!」

 

言ってリュックはワッカさんの所へ走っていく。

 

「何の話ッスか?」

「ふふ、ナイショっす」

 

隣には、キミ。

みんなの見ていない所で。

きゅっと手を握られた。

 

「ユウナ」

 

小さくひとつ名前を呼ばれる。

 

「頑張ろうな。 絶対死なせない。 オレ、ユウナとまだまだやる事たくさんあるから」

 

 

 

キミの何気ない一言が。

キミの些細な行動が。

キミの無邪気な笑顔が。

 

わたしを安心させ。

わたしをときめかせ。

……わたしを不安にさせる。

 

 

キミから沢山のものを教えてもらった。

素直になる心。

人を好きになる心。

 

そして。

 

自分の醜い部分まで。

 

 

 

いろいろな自分を知れて。

いろいろなキミを知れて。

もしかしたら、この先もっとケンカもしちゃうかもしれない。

だけど。

キミとずっと歩けるなら。

それでいいんだって思った。

 

わたしの全てを受け入れてくれたキミとなら。

どこへでも行ける。

そう、思うんだ。

 

 

だから。

『シン』を倒した後のわたしたちの未来のために。

 

 

頑張るよ。

 

 

 

 

 
love ya
20061115



嫉妬話です。
とうとう自力でタイトルもつけられなくなったか(爆笑)
なんだか長ったらしい文章になってしまいまして……。
長すぎて長すぎて途中でよくPCが止まってました(笑)
確認してますが、フォントもどこか大きかったら言ってください(ナニソレ)
以前アップ作の中でいくつか回想話が出てきたんですが、ようやくお披露目になりました。
これ裏……にはなりませんよね?苦手な方、本当に申し訳ありませんでした(泣)











close