今か今かと待っている。
早く。
早く水面から顔を出して?
すごく自分が歯痒い。
キミと同じブリッツの選手なら。
こんなガガゼトの水没洞も簡単に潜れるのに。
ワッカさんとリュックが一緒だから安心だけど。
それでも早く。
早く水面から顔を出して?
「ぶはっ!」
手を組んで無事を祈るわたしの前に。
音を立て、勢いよく姿を現したのはワッカさんだった。
続いてリュック。
そして。
ワッカさんの肩に担ぎこまれたのは。
紛れもなく彼だった。
「え……!? ティーダ!?」
岸に放り出された彼の顔色は悪い。
彼の腕からは真っ赤な血が止め処なく流れ出ている。
「まったくコイツはーっ!」
ワッカさんとリュックに呆れ顔をされて。
「ど、どうしたの……?」
「コイツ、マジでガンコな」
「そうだよそうだよ〜っ、意地ばっか張って〜っ!」
何のことか分からないわたしたち。
「誰も白魔法使えねぇんだから回復はアルベドの薬で乗り切ろうとしてたんだ。
でもコイツ、それは俺とリュックで使えってさ。 自分は持ってきたポーションで何とか回復してたみたいだけどよ」
「でも、ティーダが持ってたの切れちゃってさ」
「リュックが回復するってのにコイツ拒否すんだ。
“もうちょっとで岸に着くから”って」
「まさか……毒が…………」
「……かもしれないねぇ……アルベドの回復薬もさっき使いきっちゃって…………」
なんで……なんで回復するの断ったの?
ここは結構魔物も強いのに。
「じゃあわたしが……」
傷口に手を当てケアルを唱えようとした瞬間。
わたしの全身が眩く光り。
それがわたしの身体から離れ、目の前のゼリー状の物体に吸い込まれた。
それは。
今までに見たことのない。
見上げるほど巨大なプリン。
怪しく嫌な真紅の瞳が光る。
わたしたちを見下ろす。
わたしは咄嗟に彼を抱いた。
意識のない彼を。
これ以上傷つけるわけにはいかない。
その巨大なプリンに手を翳し、白魔法を詠唱する。
白魔法で、唯一の攻撃魔法。
「未来に希望の光を……! ホーリー!!」
わたしの手からは。
何も発せられなかった。
「え……」
「ア……アスピル……! ユウナ、魔力を全部吸い取られてる!」
ルールーが叫んだ。
わたしは即座にティーダを見た。
目を閉じたままの彼。
急いで彼にケアルを唱える。
ぐったりしたままの彼。
何の変化も、ない。
今のわたしには。
ケアルを唱えるほどの魔力すらなかった。
「そんな……」
途端、わたしたちはその巨体の影に入る。
見上げる。
それは、笑ってる気がした。
途端、プリンのその身体が光り。
何かが来る、とそう思った。
ぎゅっとティーダを抱いて、目を瞑った。
アーロンさんもルールーも何か叫んでる。
瞼の向こうが明るくなった瞬間。
わたしは腰を抱かれ、宙に浮いた。
大きな爆発音を遠いとこで聞きながら。
途端に身体全体に地に叩きつけられるような大きな衝撃が走った。
何が起こったのか、分からなかった。
でも。
恐る恐る目を開いていくと。
蔓延する煙。
洞窟の遥か高い天井。
お日様の匂い。
視界には白いフード。
肘をつき身を起こすと。
わたしに覆い被さるその肩の向こうにはプリンの背がうねっていた。
それは彼が。
ティーダが咄嗟にわたしを抱き抱え。
その光と爆発――フレアから逃してくれていたことに。
気がついた。
わたしを抱く腕には。
地面の土や石に擦れた。
無数の傷。
彼を見れば。
うっすら目を開けていて。
「ユウナ……怪我、は……?」
わたしは。
何も言えずに。
首を振った。
「そう…………よかった……」
目をゆっくり閉じて。
笑ってくれている。
「無事なら……いいんだ…………」
そのまま彼の体重がわたしに圧し掛かる。
名前を呼んでも。
彼は目を開くことはなかった。
彼の背に手を回し。
何度も何度もケアルを唱えた。
自分が瀕死の状態なのに。
わたしを助けてくれた。
それにわたしはどうしてもポロポロと流れる涙を止めることができず。
瞬間。
彼のわたしにかかる体重がふっと軽くなる。
キマリが彼を担いで。
「キマリたちが倒す。 ユウナたちは休んでいろ」
近くの洞穴へとティーダを連れて行く。
わたしも起き上がってキマリの後をついていく。
洞穴の奥の一段高いところに彼を寝かせ。
キマリは戦闘へと加わった。
わたしと。
横たわる彼。
やだ。
なんでわたし。
こんなに無力なの?
キミを護れてない。
魔力がなければ、キミを護れない。
キミは。
わたしをいつでも護ってくれてるのに。
2枚の袖の布を腕から外し。
畳んでティーダの頭の下に敷く。
やはり顔色が悪い。
うっすら空く口からは苦しそうに喘ぐ息遣い。
毒が全身に回りつつあるんだろう。
エスナも唱えられない今。
わたしは、血が止まらない彼の腕に顔を寄せ。
傷に吸い付いた。
彼が重く小さな呻き声を上げる。
暫く吸ってわたしの口に含まれた血を吐き出す。
それの繰り返し。
毒が全身に回っているのなら意味がないかもしれないけど。
でも。
わたしには。
今のわたしには。
これしかできることがない。
情けないよ。
魔力がなければ誰も護れないなんて。
魔力がなければただの人間。
召喚士なんてこんなもの?
イヤだよ。
こんなんじゃ誰も護れない。
護られてばっかなんて。
イヤだよ。
穴の外が騒がしくなる。
わたしたちのいる洞穴にリュックが入ってきて。
「ようやく倒したよ〜っ、あ、どう?」
「ん……まだちょっと……」
「今日はね、ここで休んでくって。 そうすればユウナんの魔力も回復するだろうって」
「うん……本当にごめんね」
「ユウナんが謝るコトないって! ううん……アタシたちこそ、ずっとユウナばっか頼っちゃってたからポーションも毒消しもなくて……ホントにごめんね?」
珍しくしゅんとするリュック。
でもわたしは。
リュックの言葉が嬉しくて。
「リュック、ありがとう。 頼ってくれて嬉しい」
「ユウナん……」
「わたしにも隙があったんだ。 今度からは絶対気をつけるね」
いつもの笑窪の出る笑顔に戻り。
今日はここでゆっくり休もうと。
リュックが手を振って、みんなの待つ穴の外に出。
わたしはティーダの元に戻った。
一向に顔色は良くならない。
再び傷に吸い付こうとしたその時。
わたしの頬に手を添えられ。
わたしは彼を見た。
「……ユウナ」
わたしの腕を引っ張り。
「吸い付くなら、こっち……」
後頭部に添えられた手に力が入り。
そのまま。
わたしの唇は。
彼の唇に吸い込まれた。
一瞬だけど。
2回角度を変えた濃厚に交わる唇。
「……ヘヘ」
「なんで……」
「…………ん?」
「なんで…………ここまで……なんで拒否したの……?」
彼はわたしの髪を弄ぶ。
「だってオレ…………ユウナの……」
「わたしの……?」
「ユウナの…………ユウナに治して欲しかったんだ」
「………………え」
「ユウナの、白魔法で……」
身を起こして彼を見た。
「他のヤツに傷を治してもらいたくなくて……なんていうか…………ユウナの回復が大好きで……」
「バカ……」
「ユウナ…………」
「バカだよ、キミは……」
涙が溢れ出る。
「死んじゃったらどうするの……? 死んじゃったら……」
「あはは、オレ何も考えてないからなぁ……でも、その分」
「………………」
「他に何も考えてない分、オレ…………ユウナのコトしか考えてないッスよ」
ティーダの笑みは消えない。
「どうしたらユウナの笑顔がオレに向くかとか、どうしたらオレだけ見てくれるのかとか…………どうしたらユウナがオレのコト、もっと好きになってくれるのかとか…………」
「………………バカ」
「はは…………そう……オレバカッスよ」
わたしは彼の頭を抱え。
泣いた。
「わたしはもう……キミしか見てないのに…………キミのことがこんなにも大好きなのに…………」
「…………オレ……今マジで嬉しい」
わたしの胸で、彼は笑ってくれてる。
そして。
いつもより力はないけど。
抱き返してくれた。
温かくて。
安心する彼の腕。
「……ユウナ……脚、怪我してる……」
「……え」
「待っててな……」
ティーダはゆっくりと腰のバックから。
ポーションを取り出した。
「え……な、なんで……持ってるの?」
「ああ……絶対5コは持ってる」
「ああって……なんでこれ使わなかったの!?」
「いや……オレはこれ使えねぇんスよ……」
「なんで!?」
ティーダはそのポーションをわたしにかけてくれる。
脚の傷が見る見るうちに消えていった。
「この5コは絶対残してあるんス……」
「だからなんで……!」
「オレ…………本当はユウナを傷つけたくない」
「え……?」
「こんな旅をしてるんだから傷つかないなんてのはムリなんだ…………でも魔物にやられてるユウナ、オレは見たくない…………」
意味が分からずに。
ティーダの次の言葉を待つ。
「……ユウナはみんなの回復してやってくれる?」
「え?」
「ユウナが回復役してくれんなら、オレはそっちに専念できるから……」
「そ…………専念……?」
彼はわたしの頬に触れ。
「…………だから……そのかわり、もしユウナが傷ついたら…………オレが回復させるって決めてたんだ……」
「………………え…………」
「他の誰のためじゃなくて…………この5コはユウナ用なんだ……」
再度彼はわたしを引き寄せ。
口づけを交わす。
「……覚えてない?」
「…………?」
「最後までじゃなくて、ずっと…………って言ったろ?」
「……ずっと……」
「……オレがユウナを護るッス。 ずっと…………ずっと」
『シン』を倒した後も、ずっと――。
その言葉に涙が止まらない。
止まらなくて。
何度も何度も言った“ありがとう”。
すごく。
すごく嬉しかったんだ。
「……こうして寝てれば毒も回んないから…………明日になったら治してくれる?」
「うん…………うん…………ごめんね……?」
“謝るなっつーの”と彼は笑ってわたしの涙を拭ってくれた。
わたしは彼の元に座り。
眠りについた彼の手を握って。
彼の顔色を見ながら。
明日なんて待ってられない。
魔力が回復したらすぐにエスナとケアルを唱えてやろうと。
何度も何度も彼に手を翳していた数時間後。
無事に魔力は回復し。
彼の顔色も良くなり。
苦しげな息遣いもなくなり。
安心したわたしは。
その傍らで。
彼の手を握ったまま。
ぐっすりと眠ってしまった。
その後に目覚めた彼の感謝の言葉を聞くこともなく――。
「ユウナ!」
「はいっ!」
ドス黒いボムが3匹。
体力の減ってたワッカさんに回復魔法を唱え。
前の敵を見据える。
最近黒魔法を覚えた。
けど通用するかな……。
そんな不安になるわたしの一瞬の隙を狙って。
ボムが勢いをつけて体当たりをしかけてくる。
わたしは慌てて身構えたけど。
間に合わないと目を瞑った時。
ティーダがわたしの目の前に立ち。
右腕でわたしを背後に回し。
左腕の盾でその攻撃を防いでくれた。
派手な音が響く。
「ぐ……っ!」
歯を食い縛ってボムの攻撃に耐える。
ボムも引かない。
どちらも譲らないその攻防に、ボムの力が緩んだ隙に彼はボムを押し退け、それにフラタニティを振り被った。
その一撃にボムが耳をつんざく声を辺りに轟かせる。
「ユウナ、大丈夫ッスか!?」
「うん、ごめん! 頑張る!」
「今アイツの魔法防御落としたから! こっちはオレたちがやる!
ワッカ援護頼む!」
彼がワッカさんと残りの2匹を相手にする。
その背中に。
なんとも例えようのない思いが湧き上がり。
氷属性の魔法でようやくボムを退けて。
戦闘が終わる。
ほっと一息つくと。
左腕に痛みが走った。
ボムのファイラにやられたのだろう。
倒すのに一生懸命だったから今まで気づかなかった。
見れば赤黒く火傷の跡が残っていた。
ケアルを唱えようとしたその時。
「あーコラコラ。 待ちなさいって。 自分で治すなよ」
彼が膨れっ面をしながらわたしの元へと来た。
「だってキミ、さっきの戦闘で回復薬持ってないんじゃ……」
「腕、出してみ」
言われたとおりにティーダに腕を差し出す。
その火傷に彼は手を添え、目を瞑る。
瞬間、彼の掌は発光し。
わたしの全身が光る。
ケアル、だった。
「え……?」
「やった! うまくいった!!」
ガガゼトの山頂までもう少し。
あの怪我をしてから。
彼はケアルを覚えたという。
なかなか力の出し具合が難しくて大変だったと。
そしてわたしに黙ってたのはビックリさせたかったからだと。
照れ笑いしながら教えてくれた。
“…………わたしが黒魔法唱える時だってあんなコトしないわよ……”とか。
“アタシも庇ってもらったりとか回復なんてしてもらったコトない〜……こっちにも少し優しくしろっての!”と。
ルールーやリュックに笑いながら言われちゃったけど。
こんな感じで。
わたしを護ってくれる彼や。
わたしの魔法の援護をしてくれる彼や。
自分で自分の傷を治そうとすると怒る彼や。
ポーションや覚えたてのケアルでわたしの傷を治してくれる彼がいて。
それにとても嬉しいわたしがいて。
「ティーダ」
ガガゼトの山頂へと向かう彼に声を掛け。
振り向いた彼にケアルを唱える。
彼は微笑んで。
それにわたしも口元が緩んでしまって。
キミがわたしを護ってくれる。
だからね。
わたしもキミを護ろうって決めたんだ。
護られてるだけじゃダメだって気づいたから。
ずっと。
ずっと。
『シン』を倒した後も。
わたしの姿は、もうすでになくなってても。
キミを護ろうって。
そう、決めたんだよ――。
「guard」 |
20070117 |