「お市様のお荷物はもうご用意出来ました故、足りぬ物はまた仰って下さいませ」
それほど感情のない言葉を残し、お付の人が部屋を出て行く。
城内はそれでも祝宴ということで忙しなく大勢の人が動いてる。
でも市の部屋は。
これと言って特に好きなものもなく、こだわるものもない。
だから何も置いてはいない襖と障子に囲まれたこの部屋は、本当に静かで殺風景だった。
それも。
今日で終わり。
ううん。
またすぐ戻ってくるわね。
この籠に。
『貴様が嫁ぐ先は、近江の備前守』
急に呼び出され、事の次第を聞いたのは半月ほど前。
またどこかの戦にかり出されるのだろうと。
またこの手が血に染まるのだと思ってた矢先。
思ってもみないにいさまからの直々の。
命令だった。
性急な話だった。
いきなり見ず知らずの人に嫁げと言われ。
市は理解もできず、声すらも発せなかった。
『貴様の役目は浅井の戦力を殺ぐ事、それ以外何も無し』
それだけ言い放って席を立ち。
その場にいた明智様に具体的な説明がされた。
戦力を殺ぐ。
つまりは。
領主の命を絶つこと。
そのための輿入れ。
部屋から外を眺める。
遥か遠く数羽鳥たちが群れて飛んでいた。
市は無知だから鳥の名を知らない。
白くて綺麗。
それは限りのない空を華麗にも。
それでも、あなたたちは。
不自由なんて思うこと、あるのかしら。
夫となる人。
どんな人なのか。
にいさまの命で戦へ出ることはあっても、世に疎い市にはその人がよくわかっていなかった。
にいさまのように非道な人なのかしら。
市を同じように道具として扱うのかしら。
それとも――。
なんて。
関係ないわ。
すぐに終わる生活。
こんなものなのね。
嫁ぐことなんて。
何の感情も芽生えない。
夫となる人をこの手で殺めること。
そうね。
今までもそうだったわ。
何の感情も抱かない、何の関係もない人たちをこの手で葬ってきた。
同じね。
変わりない。
戦に行くことと。
今までもこれからも、市には何の権限もない。
感情もないし。
意志なんて、ない。
にいさまの命だもの。
その人には悪いけど。
かわいそうだとは思うけど。
ごめんなさい。
それも運命。
市のせい。
恨むのなら、市を。
息をついた。
全てが終わってまたここに戻ることになる。
にいさまや濃姫様や蘭丸、明智様と共に戦に明け暮れる生活。
元に戻る。
変わらない。
部屋を見る。
格子状の障子。
籠。
この部屋は市を閉じ込めておくだけの籠。
鳥と違うのは。
放たれてもまたこの籠に。
戻ってくること――。
諦めてるわけじゃないの。
受け入れているの。
きっとこの先ずっと。
息絶えるまで。
こうして飼われながら。
市は生きていくこと。
あの広い、眩しい青空を羽ばたくことを望んでも。
市には。
その夢も自由も与えられないから。
この輿入れが。
空虚な市に何かを与えてくれ、満たしてくれて。
市が今まで持ったことのない。
人としての、女としての感情を持たせてくれる。
そんな人との出会いなど、想像もしていなくて。
市はただただ。
失望なのか絶望なのか。
理由なんてわからないけど。
泣きそうになりながら。
障子を閉め、寄り掛かることしかできなかった。
「籠鳥雲を」 |
20110110 |