「まだ起きていたのか? 相変わらずだな、先に寝てても良いと言うのに」
市はこの時が好き。
夜も更けて。
お布団の中でお風呂から帰る長政さまを待つこの時が好き。
長政さまはそう言うけど、市は嫌なの。
ひとりで先に寝てしまう事。
絶対寝たりしないの。
こんな寒い夜は、先に布団に入り。
市の体温じゃ全然温まらないかもしれないけど。
それでも長政さまの寝る布団を。
「ちゃんと……温まってる……?」
部屋の灯を消し。
お布団に入る長政さまに問う。
「き、気など遣うな」
だって。
長政さまに喜んでもらいたいもの。
長政さま。
いつも疲れて床に入るから。
市は、長政さまのお布団から出ようとすると。
長政さまがそれを制する。
「何処へ行く?」
「市の……お布団?」
「そのままで良い」
隣に敷かれた市のお布団。
未だ。
市がそのお布団に入った事が。
ない。
「だ、大丈夫だよ……?」
「凍死されたら敵わんからな。 さっさと入れ」
布団を上げ市を待つ長政さま。
市の身体は冷えてるからと。
いつも。
長政さまは。
その温かい腕を枕に。
市の肩を抱き寄せてくれる。
昼間の長政さまはとても忙しい。
城を空ける事も少なくない。
いろんな偉い人達と話し合いしたりして。
いつも難しい顔をしているの。
その合間に市に話しかけてくれる。
忙しいのに、そんな暇ない筈なのに。
市の事、忘れていない事が凄く嬉しい。
昼間の長政さまはみんなの長政さま。
でもね。
夜の。
今の長政さまは。
市、だけのものなの。
みんなの知らない。
市だけが知ってる長政さまを見る事ができるの。
昼間市が怒られる事も少なくないけど。
夜になれば。
長政さまは絶対。
市に背を向けずに寝てくれる。
「温かいね……長政さま」
「風呂上りだからだ」
既に目を閉じている長政さま。
市はじ、と。
長政さまの横顔を見つめる。
きりっと上がった眉。
長い睫毛。
通った鼻筋。
薄い唇。
全てが。
愛しくて――。
「もう遅いな。 寝るぞ」
「はい……おやすみなさい、長政さま」
「ああ」
そう。
長政さまはいつも“ああ”って。
おはようの挨拶も“ああ”。
それでも市は嬉しい。
だって返事してくれてるんだもの。
返事をしてくれない事、ないもの。
温かい。
たったそれだけの事が。
長政さまは市に笑わないから、市の事怒るから。
みんなが市の事を不憫だと、可哀相だと言う。
でも、違うの。
こんな寒い夜。
市の肩を抱いてくれる長政さまの手にそっと触れれば。
長政さまは目を閉じたまま、上を向いたまま。
市のそれに応えて引き寄せてくれてる肩ごと強く握ってくれる。
また。
小さくひとつ呼ぶとうっすらと目を開ける。
市が強請って腕を広げると。
『寒いか?』と。
市の方を向いてくれて。
もう片方の腕を市の腰に回し引き寄せ、その広い胸に導いてくれる。
市も長政さまの背に腕を回す。
見れば。
長政さまがじっと市を見てる。
そして。
市が目を閉じれば。
何も言わずに。
市の唇に。
自分の唇の温もりを市に分け与えてくれる。
「眠いか?」
「……ううん……」
「……そうか」
唇から始まり。
全身の体温をも、分けてくれる。
ね?
本当は優しい人なの。
誰も知らない、市だけの長政さま。
今日もまた。
長政さまの体温に包まれて。
夢の世界へ飛び立っていける。
その中で。
長政さまに逢える事を、祈りながら――。
「夜更け、体温、恩愛。」 |
20080211 |